英語の文章をアウトプットしたら訂正魔が湧いてくる問題

こんな記事を読みました。
ブログに英語の文章をアップしたら、文法ミスの指摘や勉強法のアドバイスがたくさん届いたという話です。

英語の文章をアウトプットすることを、やめたい|接客業はつらいよ! あけすけビッチかんどー日記!

人の英語のミスを指摘したいひとたち

かんどーさんに訂正魔からのたくさんのメールが来たのは、かんどーさんが影響力のあるブログを書いているから、というのが大きな理由だと思います。

以前、私が気に入っていた語学ブログが閉鎖されました。
文法や用法ミスの指摘や「その程度のレベルで偉そうに英語を語るな」というたぐいのコメントがしつこくつき続けたせいです。
自分よりも語学のレベルが低いのに、注目されている人がいると許せない、難癖をつけたいという人は結構多い。

ひと昔前、まだSNSもなかった時代、ブログ運営者と読者との交流はコメント欄や掲示板で行われていました。
ほのぼのとしたやりとりの中、自分のブログでもないのに、コメント欄や掲示板で「ヌシ」のような人が常駐して、我が物顔でふるまっているのもわりとよく見る光景でした。その「ヌシ」がやがてブログ運営者よりも大きな顔をし始めるのも。

親切顔でミスの指摘をしてこられると、拒否するのが難しいものです。
「あなたのためを思って」という言葉で正当化しても、やっぱり頼んでもいないのに湧いてくるこの手の指摘は「大きなお世話」だと思います。

他人のミスを見つけるのが趣味のひと

以前一緒に働いていた人が、よく間違いを指摘してくる人でした。

私が書いたメールをCCで読んで、「ここは『おいで』じゃなくて『お越し』の方が正しいです」とか、ちゃんと調べてみたらどっちでも正解のようなことを、自分の方が正しいと信じてしょっちゅう訂正を入れてきました。

こちらのミスを見つけることで、自分の方が立場が上だと思えて満足できたのでしょう。

対抗して、相手の文法ミスだらけの英文メールに指摘を入れようかと思ったけれど、やりませんでした。
私よりも英語ができる人がたくさんいたということもあるし、張り合っているのって、はたから見るとみっともないので。

視点を変えると、私はとても親切なことをしてもらっていたんだとも思います。相手が目を光らせてくれるおかげで、自分のミスが発生しやすいポイントに注意を払えるようになりました。相当うざかったですけど、相手の指摘は半分くらいは私のためになっていた。

小さなミスを大きく見せて、人のいる前で悪意を持って指摘するような場合などは、こちらも対抗措置を取る必要が出てきますが、1対1で対抗心を燃やしてくるくらいなら、スルーしておこうかな、という線引きを自分の中でしていました。


訂正魔のいない場所でたくさんアウトプット

かんどーさんはすでにセブにいらっしゃるので、心置きなくアウトプットができる場をお持ちです。
おせっかいメールは無視して、英語にどっぷり浸かれる生活を楽しんでほしい。
自分の経験から言っても、自分の語学力に自信がない時期は特に、日本人のいないところでアウトプットするのが一番ストレスがないと思う。(参加者が日本人だけで外国語を使って交流するというような場、私はかなり嫌いです。)

そして同時に、指導してくれている先生には、重箱の隅をつつくようにミスを指摘してほしいと私はいつも要求します。授業料をちゃんと払っているのだから、「だいたいわかるからOK」で流さないでほしい。

ミスがあっても気にせず発信・交流できる場所と、ミスをしっかり指摘してもらえる(そしてその指摘をしっかり受け止められる)場所をきっちり分けて、うまくアウトプットの場を見つけていくのがよさそうです。