通訳翻訳ジャーナル・機械翻訳最前線に思うこと

通訳翻訳ジャーナル 2017年夏号を読みました。
機械翻訳 最前線という特集が大変興味深かったです。

連続企画 機械翻訳 最前線

VOL.1 基礎知識と翻訳会社の動向

■いま知っておきたい 機械翻訳のこと

■機械翻訳の仕組みと可能性
執筆協力/関西大学外国語学部・外国語教育学研究科教授 山田優さん

■翻訳会社に聞く① 機械翻訳のこれまでと今後の可能性
取材協力/株式会社十印

■翻訳会社に聞く② “ポストエディット元年”――機械翻訳のいま
取材協力/株式会社川村インターナショナル

昔、企業内通翻訳をしていたので、仕事でお世話になった方などから不定期で翻訳の依頼を受けることがあります。

社内翻訳や取扱説明書の下訳など、内部資料がほとんどです。業界の状況を把握するための現地の新聞記事のサマリー提出などといった業務もあります。

年間数件の引き合いがあるだけですが、翻訳という対価のある商品を提供するという貴重な経験を得ることができています。

翻訳業を本業としている方とは立場も状況も異なり、私のいるところから見えている景色は本業の方とはずいぶん違うものだろうと思われます。今日の記事は、世界の片隅で翻訳という仕事にほんの少し関わらせてもらっている、そんな私の雑感です。

翻訳という仕事の未来

機械翻訳の技術進歩によって、翻訳という仕事自体がなくなるのではないかという話を最近よく聞きます。

機械翻訳の最前線とIT技術がもたらす未来
http://www.jecc.com/news/20174P4-7.pdf

人を超えた機械翻訳は、通訳の仕事を奪うのかーーMicrosoft翻訳のオリヴィエ氏に聞く
http://japanese.engadget.com/2017/04/14/microsoft-translator/

オリヴィエ氏の「人とAIは能力のベクトルが違う」という言葉に賛成です。

ですが、現実にいまAIができることのベクトル上で稼働している生身の人間が多くいるわけで、その分野の仕事は確実に消えていくというのも事実です。

上の記事の栄藤氏が言うとおり、かつての電話交換手のように消えていく職種がこれから確実に生まれてくることでしょう。

「生身の人間」の役割

内部で使われるだけの資料として使われる翻訳を依頼されるときは、「だいたいの意味が分かれば」「ざっくりで」という言葉がついてくることが多いです。

Googleなどの機械翻訳にかけても「ざっくり」した内容はわかるのでしょうが、意味があやふや、どのようにもとれるような表現でしか翻訳されない箇所がいくつか発生するもので、生身の人間に翻訳を頼むのは、そういう部分的に不明確な文の意味を明らかにするためではないだろうかと私自身は考えています。

翻訳チェックの依頼を受けたとき、機械翻訳にかけた訳原稿がごくたまにですがやってきます。

以前は翻訳会社の怠慢(?)で、そういうことが起こったりもしていたのですが、現在では翻訳プロセスの一つとして機械翻訳をかけた原稿を人間がチェック、という流れ「ポストエディット」ができてきつつあるようです。

機械翻訳の精度も徐々に向上してきているとはいえ、今のところは、機械翻訳が吐き出した原稿のチェックというのは、いちから翻訳するのと同じくらい、場合によってはそれ以上に手間がかかるものです。ジャンルによって、ポストエディットが仕事量を減らすものとそうでないものとかなり違いがあると思います。過渡期である現在、機械翻訳の正確さがまだ担保されず、確認作業を人間に任せるのなら、その価値分の報酬はきちんと支払ってほしいなと思います。いずれは機械が翻訳、人間が校正という棲み分けになるのだとしても。

翻訳のジャンルによっては、近いうちに機械翻訳だけで運用できるという時代がやってくるかもしれません。ニュース記事のサマライズという仕事も、いずれは来なくなるだろうと予測しています。

翻訳の仕事が機械に取って代わられる、という悲観的な側面もありますが、実際には「生身の人間であることの利」も生まれてくるのではないかと私は期待しています。


実務翻訳の常識を破る

実務翻訳のスクールでは、元の原稿に書いてある内容を超えた意訳はご法度と教えられました。句点の切れ目を守り、よほどの理由がない限り短く切ったり複数の文をひとつにまとめたりすることはしないのが原則です。

ですが、クライアントによっては、原文にはないニュアンスも付与した「超訳」を求められる場合があります。(意思決定者・責任者が外国語を業務で使うことに慣れていない、ある言語と別の言語とを完璧に置き換えることができるという幻想を持っている場合によく起こるという印象があります。)

産業翻訳のジャンルでしたが「詩のような、歌詞のような訳を」という求めに応じたことがありました。たぶん満足してくださったのでしょうが、もともと正解がないものなので、気に入らないと差し戻されたらどうしようとヒヤヒヤしました。

ECサイトの商品説明文の訳を頼まれることもあります。この場合、売れることを最優先に考えると、日本人向けの説明文をそのまま訳すとあまり効果がありません。単に右から左へ訳すのではなく、該当地域の消費者に「刺さる」キーワードなどを一緒に考えたりしました。こういった売れるための作戦を考えるのは好きなので、翻訳を超えて参加できるのは嬉しいことです。

こうしたやりかたは、エージェントを通しての一般的な業務ではふつうできないことであり、一定の条件や信頼関係があって成立する「翻訳のかたち」です。
機械翻訳の精度がどんどん上がっていっても、機械には難しい生身の翻訳者にしか提供できないサービス・自分にしかできないジャンルを見つけることが、チャンスに結びついていくのではないかと感じています。

今回通翻ジャーナルに寄稿されている山田優さんがフェローアカデミーのサイトに書かれているこの記事にも、「方言の字幕」という例が挙がっています。

機械翻訳は翻訳者のライバルであり味方でもある。
まずはその現状をよく知ることが何よりも重要<前後編>翻訳者・大学教授 山田優さん

https://www.fellow-academy.com/fellow/pages/tramaga/backnumber/388.jsp
https://www.fellow-academy.com/fellow/pages/tramaga/backnumber/389.jsp

最近はランサーズなどのクラウドソーシングでも翻訳案件をよく見かけるようになりました。

こうしたサービスでの取引でも、「翻訳業務を超えた」要素を求められることがありますが、クライアントの意図をうまくくみ取ることができれば、信頼関係から定期的なお仕事を得るチャンスになってくると思います。

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