たすくま日記28 効率が悪いほうが仕事をしているように見える問題

たすくま

こんな記事を読みました。

「残業規制はむしろ迷惑」と考える人々の事情 | 検証!ニッポンの労働

残業代が出なくなったら

前に勤めていた会社で、一定時間の残業代込みの基本給を試験的に導入したことがありました。残業代を上乗せした基本給となったので、残業をしなければ実質の給料アップです。

そしてどうなったかというと、ぱったりと残業をしなくなった人もいれば、導入前も後も変わらず残業する人もいました。

きっと全員が定時に帰るだろうなと予想していましたが、思っていたより残業する人が減らなかったのです。

急に残業が不要になった人は、もしかすると以前は残業手当が目的だったのかもしれませんが、変わらず残業する人が全員、やむにやまれぬ事情で居残っているのかどうかは判断できません。

「急に定時で帰ったら無駄に残業していたとばれる」と思って帰るに帰れない人もいたでしょう。

「自分はこんなに頑張っている、たとえ残業代が出なくても!」とアピールしたい人もいたでしょう。

いろいろな事情で「残業がしたい」人は一定数いるのだと思います。

「効率を上げたい」は異端?

無駄な作業はできるだけカットしたい。
しなくてすむことはしないですむような仕組みを作って、それによって生まれた時間は創造的な作業に使いたい。

以前は、みんな自分と同じように考えていると思っていました。

前に勤めていた会社で、毎日数時間かけてエクセルで文書を作る業務がありました。

二度手間な部分があまりにも多かったので、シート間でデータを共有して、一か所に入力すれば複数の文書が出来上がるようなエクセルファイルを作り、同じ作業をする人に共有しました。

3人いたうち、1人は喜んで使い方を覚えて活用してくれましたが、残りのふたりは「使い方がわからない」と言って結局使ってくれないばかりか、「仕事を奪うようなことをしてくれた」というようなニュアンスで、エクセルファイルを作ったこと自体を非難されたのでした。


効率を上げたら雑務が増える

自分で工夫をしながらギュッと詰め込んで、時間内に業務を終えようと工夫しているのに、効率化を図っているせいで「ラクをしている」ように見えることがあるのも悩ましい現象です。

時間をわざわざつくりだしてやっている業務なのに、「ひまなら手伝って」と言われてしまう。

知恵を絞って工夫し、10分で業務を終える社員と、同じことを2時間かけてフウフウ言いながらやり終える社員。

同じ作業に2時間かけた社員の方が仕事をよくやっているように見られることはよくあることです。

効率化したあとどうするか

時間はおかねと違って貯めることができません。節約しても貯まっていかず、せっかく時間がぽっかり空いても目的がなければ無為に流れて消えていってしまいます。
(ぼーっとする時間が必要なときに、空いた時間をぼーっと過ごすことは、とても有意義なことなのですが)

節約した部分をどう転換していくかのビジョンがなければ、効率化にメリットを感じられないのもよくわかります。

レンガを何日も積まされ、目の前でそれが崩され、また同じようにレンガを積むことを強要される、そんな手法の拷問があったと聞いたことがあります。

無為で単調な作業は苦痛だということでしょうが、もしもレンガを積むこと以外にやることがなければ、そしてレンガを積み続けることが周りから見れば「頑張り」に見えるのであれば、ひとは積極的にレンガを積むのかもしれません。

たすくまのメモ

ちょうど2か月前のたすくまのメモに、「一番嫌いな言葉、それはにどでま!」と書いてあるのを、さっき見ました。

ずっと同じことでカリカリしている気がします。

去年、たすくまをはじめるきっかけになったセミナーの懇親会では、日々工夫しながらより良い方法を模索している人たちとたくさん話すことができて、たくさん共感して、とてもうれしかったのを思い出しました。

いろいろな人がいて、いろいろな考え方がありますが、ストレスなく、楽しく生きられるように。

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