仕事が終わらない!職場の生産性を上げるために取り組みたいいくつかの方法

転勤族の配偶者を持つ者として、職場では「いつ辞めることになってもできるだけ迷惑が掛からない仕事のしかた」をしてきました。

「いついなくなってもいいように、いるのかいないのかわからない存在になる」わけではありません。

家庭の事情で数年しか働けないとわかっていても雇ってくれて、やりたい仕事をさせてもらえるのはありがたいことです。行く先々でいい職場に巡り合いました。

繰り返しがある業務は自動化し、マニュアルを作れるものは作り、少し休んでも誰かがわかるようにPC内を整えておく。
できるだけ仕事の属人化が起こらないように気を付けていました。

「自分がいなくてもまわりが対処できる」環境を作っていたことが、結果的に仕事の効率化に役立っているように思えます。

この本を読んで、「仕事の属人化」という言葉を知りました。

どこの会社にもあるような気がします、「それは○○さんじゃないとわからない」というようなシチュエーション。

業務に追われてきりきり舞いの本人も、自分しかできない仕事が存在していることにご満悦という場合もありますが、客観的にみると本人にも企業側にもメリットがない状況だと思います。

見方によっては、企業側にはあるかもしれません。勝手にサービス残業などをしてくれる場合は。

仕事の脱属人化をはかるには

人間には承認欲求があるので、仕事の属人化はなくならないだろうと著者は言います。

人間の承認欲求を無視して、無理に脱属人化を推し進めようとしても、うまくいきません。ベテラン社員はノウハウを出してくれないですし、人間関係にも禍根を残すでしょう。では、どうすればいいか?
ベテラン社員の承認欲求を別の形でくすぐりながら、ノウハウを引き出すのです。たとえば、

・脱属人化・標準化の取り組み自体を評価する
・ノウハウや知識の公開・共有を評価する
・その人に、育成者としての地位と名誉を与える

この説明にあるように、キーは管理職の理解にあるようです。こんなふうにトップダウンであればうまく行くこともあるかもしれない。

ボトムアップで脱属人化・標準化をするのはとても難しいです。

効率化・標準化をしたことを評価されるよりも、自分が生産性を上げて発生させた余裕にさらに割り込み仕事を詰め込まれる。

効率化してアップさせた業務量はやがて当たり前のものとして受け止められ、便利に使われこそすれ評価はされない。

というのが現実だったりもします。

あるいは、チーム全体の生産性を上げるために、現状の何が問題になっているのかを上司に理解してもらうことが難関、という職場もあるかもしれません。

脱・過剰サービス

過剰サービス、これも承認欲求のひとつの形でしょう。よかれと思ってやったことが裏目に出る。

ひとりの女性社員の「それくらい私がやりますよ」という申し出により、「女性社員のお茶汲みと茶碗洗い」という時代遅れの風習が息を吹き返してしまった、とか(実話)。

(業務の話ではないけれど、バレンタインの風習がなかった職場に嬉々として義理チョコを持ち込んだ同僚にもかなりイラっとしました・実話)

ちょっとした善意でしたことが良くない影響を及ぼして、チーム全体の生産性が落ちてしまうということはよくあります。

接客業だとお客さんによって応対が異なった場合「あの人はやってくれていたのに、なんでやってくれないの?」というトラブルも起きそうです。それが手を出しすぎの過剰なサービスであるとしたら、職場全体の損失を生んでしまいます。

特に女性は、「気を利かせる」ことを求められることが多いので、この「過剰サービス」が起こす問題には「あるある!」と膝を打ちました。(私は気が利かないので、気が利く人に多少の妬みもあるのです)


一人で生産性を改善するのは難しい

前述したように、自分ひとりの業務を仕組み化させても、結局空いたところに他所から割り込み仕事が入ってくるだけなので、生産性をアップするためには、周囲を巻き込んでチーム全体の底上げをしていかなくてはならないなと感じています。

そのためには、効率アップの手段をシェアする以外にも、無理・無駄な仕事を発生させない、優先順位をきっちりつける、曖昧な頼みは安請け合いせず明確に指示してもらう、できることとできないことの一線を引く、など、個人でやれることを少しずつやっていこうと思っています。

続いて著者の新作、こちらも読んでみます。

仕事の属人化について思うこと

正直なところ、小さな職場で仕事を抱え込んで承認欲求を満たしたところでお給料は全然増えないのだから、職場以外に自分の価値を安売りしないですむ場所を見つけて育てるほうがよほど精神衛生上いいだろうにな、というのが本音です。