オリラジあっちゃんの「良い夫」やめた!宣言に思うこと

収入を上げつつ仕事を減らし、家にいる時間を増やしてよい夫、よい父であろうとしたけれど、妻のストレスは最大化し、夫婦でカウンセリングを受けるまでになり、結局自分も多くの不満を抱えていたことに気づき、良い夫をやめることにしたという話です。

オリエンタルラジオ・中田敦彦さんが、子育てや夫婦関係について語る連載「イクメンア - Yahoo!ニュース(日経DUAL)

率直というか赤裸々というか、読んでいるだけで夫婦のパワーバランスがどういった状態なのか、ぶつかって火花が散っているのはどこなのか、ありありと見える表現満載で、すごいなと思いました。

彼の「良い夫をやめた」という主張にクローズアップされて、批判の声も大きいですが、「方針を変える」という言葉からも、そこまで全部放り出すわけではないんじゃないかと私は感じました。

足りなかったもの

妻側から見た夫について書かれた記事と比較すると、夫のやり方と妻のやり方、考え方が違っていて、そこをすり合わせる時間や機会が足りなくて、ぶつかっているんだろうなと推測できます。

2月20日放送の『有田哲平の夢なら醒めないで』(TBS系)に、タレントの福田萌(32)が出演し、夫でオリエンタルラジオの中田敦彦(35)に対する不満をぶちまけた。 この日の番組では、理想とは違いすぎた“結婚の理想と現実SP”を放送。福田は…

このブログにもあるように、夫は「マネジメントでなくて作業をすること」でやるべきことを十二分にやっていると考えていたけれど、妻はそうではなかったかもしれない。

この記事を読んだ。 【日経デュアル】 中田敦彦 方針変更!「良い夫」やめました まあ、一言で言って、中田敦彦さんはすごくがんばったと思う。 仕事を減らして収入をあげて。 その空いた...

ただし、ひとつのチームに指揮を執る人が二人いても、うまくいかないことも事実です。

二人がぶつかっていたのは、妥協点を見つけるための話し合いが足りなかったのではと感じます。

やってくれて当然と思う心理

妻のことを「めちゃくちゃワガママな若手女優」に例えたせいで、反感を買っているようですが、このことについては私はすごく理解できます。

妻を責める言葉なので、女性の怒りを買いそうですが、妻と夫を入れ替えてもよくあることだと思います。

そんな夫に対して妻は、「あなたは、これをしてくれなかった」「あなたは、あれをしてくれなかった」と、足りないことばかり注目するようになっていました。

私は自分を犠牲にして一生懸命やっているのに、夫や家族は感謝ひとつしてくれない。

思春期の子どもと母親の関係も同じです。母親が文句ひとつ言わず身の回りの世話をしてくれるのが当然の環境にいると、感謝の気持ちを持てなくなることもある。

人間は、NOを言わない相手にどんどん要求を上げていくもの。要求が通ったら次はこれ、次はこれと際限がなくなります。

男女限らず、家庭だけでなく職場でも、こういったことは起こります。

面倒な仕事をこちらに押し付けてくる同僚とケンカすることの方が面倒で、黙って従っていたら、相手の中で「私は格下」という上下関係が確立したようで、さらに面倒なことになってしまったことがありました。
「面倒なことを押し付けるのはもう止めて」と宣言するのは、相手との関係が悪化することを覚悟しなければならないし、なかなかすり減ります。

変なパワーバランスができあがってしまう前に、小出しで問題を指摘し、話し合うことがトラブル回避の秘訣だと感じます。

この夫婦も、忙しくて疲れていて、話し合う時間が足りなかったのかも。
妻の「してくれない」は話し合いを求めるSOSかもしれないのに、夫は自分を責める言葉として受けとってしまった。


あるべき「良い夫像」

ママ友たちと話をするんでしょう。うちの夫はこうなのよ、ああなのよ。そのうちに妻たちの間で強烈に「良い夫像」が形成されていき、そこからいかに自分の夫が外れているかの、グチ大会になっていくのだと思います。

友達の夫と比較して、わが夫の長所に気づくならいいと思います。でも、足りないところに目を向けるのはものすごく非生産的ですよね。

「いいだんなさん」の行いが賞賛されるのは、リアルでもオンラインでも最近よく見かけるし、家事や育児に積極的に関わるだんなさんが増えるのはとてもよいことですが、上の引用のような現象も多く起こっているなと感じます。

こういう話を聞いて、いちばんに思うのは、これが妻と夫、逆だったら嫌だな、ということです。

「うちの妻自慢」が繰り広げられ、あそこの奥さんはこんなによくできるらしい、(それに比べてうちは)となると、気持ちはよくありません。

「あそこの奥さん、こんなにしてくれるみたいだから、うちももうちょっとがんばって」と言われて、よし!がんばろう!という気持ちにはなれない。

苦手な家事を押し付けられるのは妻の私にとってもとても嫌なことなのに、「よそのだんなさんがやってるから」と苦手なことを無理にやらされる(そしてその出来ばえに文句を言われる)のは、きっとすごくイヤだろうなと思います。

良い夫であることを放棄するということ

「良い夫」であることを一切やめます、という言葉尻をとらえて、「妻は家のことから逃げられないのに」という批判がありますが、彼が言っているのは、お互いの負担を相手に押し付けるのはやめて、お互いがそこから解放される方法を探そうということではないかと思います。

自分自身を振り返ってみると、結婚のために仕事を辞めたあと、その反動で、良い妻になろうという気持ちがすごく大きかった時期がありました。結婚前は夫より稼いでいたのだから、家庭に入っても優秀な妻でいなければ、夫に認めてもらわねば、という気持ちが強くありました。

自分が思う「良い妻」であるために、無理をしている部分が多かった。
夫は、そんな私を見て、その状態の私が本来の私であると思い、「いい妻」がいる環境を当然と感じるようになっていた。

自分が無理を続けていると、夫は私と同じように「あるべき理想の夫」になるべく努力をしていない、不公平だ、と不満を感じるようになります。

だから、中田氏の言い分がとてもよく理解できるのです。

ある時期から、私は彼と同じように、良い妻であろうとすることをやめました。
良い妻であろうと無理をしなくても、大丈夫なのです。夫婦の形は人それぞれ。主婦としてはダメかもしれないけれど、そこはパートナーと話し合って、フォローしあったり、代替案を見つけたりして妥協点を探っていくしかない。

「良い妻とはこうあるべき」と、自分で自分を縛っていたものから解放されると、とてもラクになりました。
世間一般では夫側の役割だとされることを、うちの夫がとても苦手なので妻の私が肩代わりすることもあるのですが、ラクになったぶん、それも気持ちよく引き受けられます。われなべにとじぶたです。世間一般の理想形を気にする必要はないのです。

個々の夫には個々の夫の、強烈な長所があります。そこを重点的に伸ばして、自分にフィットする家庭を作ることに注力したほうがいい。その人にはその人にしかない長所が必ずあるのに、夫を平均化しようとすることがその家族にとってベストパフォーマンスなのか、ということです。

彼の言うように、私も、良い妻であるために自分に課していたものから解放されることで、結果的に自分の可能性を広げることができました。夫も、それをそばで見守ることを楽しんでいるようです。

自分の稼いだお金で自分の苦手なことをカバーし、やりたいことをやるためにお互いにフォローしながら、気持ちよく生活できるのは快適です。

そんなこんなで、私は夫に対してとても感謝しています。
中田氏の記事で唯一あれっと思ったのは、妻に対する感謝の表現がほとんどなかったところですね。批判されてしまうのは、記事から受ける一方通行な感じが原因の一つなのかなと感じました。

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